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多摩川1919

川は黒く沈んでいる。
秋の風は冷やかで、鈴虫のノイズは途切れず、
そこにジー、ジー、ギォ、ギォ、と重低音が重なり、
高音担当がリリリリ、リリリリ、とうたう。
100年昔の人間が聞いたのと同じ音だ。
枝を低く下ろしている桜の下に寝転ぶと、
虫の音につつまれて、
ぼかした雲の広がる薄紫の空に落ちていく。
月は見えない。

ビールが無くなったので立ち上がり、
土手の向こうに向かって歩き始めると、
草むらに寝転んで話していた川好きが、
ふと顔をこちらに向けて、あ、と口を開けた。
久しぶり。

俄かに2019。






# by watanabeyukow | 2019-09-26 22:28

ロボット掃除機

「ここじゃないどこか。」
とロボット掃除機がうるさく言うので、掃除機を抱えて
公園へ行く。

ロボット掃除機の初期設定では、「掃除して」と言うと「わかった!」と返事して起動、ゴミが溜まっていると「フィルターを掃除して下さい」と甲高い声で言うだけだったのが、人間の声を判別する機能が勝手に機械学習したらしく、「掃除して」と言うと「はいはい」と面倒くさそうな返事が返ってくるようになった。「はい、は一回でいい」と言い返すと黙り込み、しばらくして「伝え方が悪い。伝え方が9割」などと呟く。
私が不在の間に一体どこで学習したのか。

ロボット掃除機を公園のできるだけフラットな場所に
置いて「公園だよ。」と伝えると、「こうえん」と
早速学習して、嬉しそうに掃除し始めた。
室内とは異なる硬い地面でも意外と大丈夫だ。
「ピピ」「ピピピ」ゴミ取りセンサーを激しく稼働させてゴミを取る姿は、喜びに溢れている。
もっと早く連れてきてあげれば良かった。
家の中は学習し尽くして飽きていたのだ。

自由行動させていた掃除機が、体中にむしった草をつけて泥を引きずりながら犬用カートに向かって行くので、慌てて止めに近づく。
飼い主が、カートの中からキャンキャン吠える犬を宥めながら「掃除ですか」と聞くので、
「掃除です。犬の散歩ですか。」と聞き返すと
「犬の散歩です。」と答えた。
その実、こちらは掃除が目的ではないし、犬も移動させられているだけで散歩してはいない。

飼い主と自分との人間同士の遠さを推し測っていると、
「ピーピーピー!」突然掃除機が騒ぎ出した。
犬に吠えられた事に腹を立てて応戦したかと焦ったが、
掃除機は力無く「充電して下さい。」と言う。
そうか、初めての公園で張り切りすぎたんだな。

家に戻る途中、掃除機は腕の中で息も絶え絶えに 
「祝日。こうえん。」と呟いた。
年月日と曜日機能が搭載されているので、これからの
祝日は公園につれていけと騒ぎ立てるだろう。
少し面倒くさいが、毎日家の中をきれいにしてくれて
いるのだから、それ位はしてやろうと思う。
ただ、不在の間にどの家に掃除に行っているのか、
それだけ少し気になった。











# by watanabeyukow | 2019-09-23 09:31

天才について

天才とその絵を見に行く。

自宅のアトリエに保管している未公開の作品の展示
という事だったが、それでも膨大な仕事量だった。
食べる時以外は描き続けているという。
夢の中でも描いているのだろう。

緻密なテンペラも不思議な仮面も面白かったが、
一番目を引いたのは勢いのあるドローイングだ。
不思議な世界観のイメージが既に完成している。
脳内に、もうある。

語り始めた天才は、自分の事を見せびらかすでもなく、自然体で謙虚で朗らかだった。
天才は大体そうだ。しかも恐ろしく勤勉だ。

依頼されて描く時は、要望に応えられているか心配で、
下書きの段階で息子から依頼者に確認させるという。
「この絵は依頼者に鼻と目を大きくして欲しいと
言われたので、そういう風に描き変えました。」 
この人にそんな事させるなんて。聴衆がどよめく。

天才は、大切にしている古い家族写真をスクリーンに
映し若い頃の思い出話をし、少し照れながら、
リトアニアに伝わる民謡を朗々と歌い上げた。


「私の作品は、苦しみを歌う必要性、怪我し傷付き
塞ぎ込んだ人間を見せる事から始まりました。」

彼は自由な創造が制限される社会主義の国で、
自分が生き延びるための絵を描いた。
自由な表現を出来る小さな世界を作った。


その鋭くも繊細な眼を見てしまうと、
自分がいかにだらしなく、いい加減に、甘えて
生きているかという事に気づいて恥ずかしくなる。

畏れ多い人だった。




# by watanabeyukow | 2019-09-22 19:47

懐古虫

八百屋で「あ、88円あります」と言って数え、 
小銭をちょうど全部出せて嬉しいこと。
飲み会でざっくり割り勘にして払おうとしたら
「あ、あたし細かいのある」と言い出すのがいたり、
戻ってきた小銭をまた結局押し付け合うようなこと。
バイト先でレジチェックの時にお金が合わず、
「まあそんな事もあるよね」と、皆で貯めている
小銭箱貯金から適当に出して帳尻を合わせること。

その昔、貨幣を使って物物交換していた時は
数字以外の様々な煩わしさがあったという。
しかし、数字に入りきれなかった数える喜びや
曖昧なやり取りから生じる複雑な気持ちは、
その環境の変化についていけずに絶滅した。


割り切れない事や
あるはずのものが
無いなんてことは
あり得ないのです。
それにしても、
曖昧さ回避なんて
人間がよく言うよ。
と、機械が笑った。


# by watanabeyukow | 2019-09-18 22:50

あの子はもういない

ちまちまと色を塗り重ねていたら娘が来て、
「塗る?」と聞くとうなずいたので
場所を明け渡す。

彼女はしばらく塗った後
「期末の勉強する」と言って立ち去り、
私が塗っているところへ再び戻って来た。
「塗る?」と聞くとまたうなずき、
今度は熱心に取り組んで絵を完成させ、
満足した顔をして試験勉強に帰っていった。

出来上がったのは彼女の絵で、
私の脳内には無いものがそこにあった。
幼い頃自信なさげだった線や色は、
いつのまにか力強いものになっていた。

反抗期という季節感より、
この人はもう私の知らない世界を
力強く持っている人なんだ、
いうことを思い知らされる。






# by watanabeyukow | 2019-09-16 00:28


わたなべゆうこ のブログ


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